
梅雨の晴れ間か、あるいは長雨の気配か、
私たちが暮らす山間部の集落にはじっとりとした湿気がまとわりついている
二階の書斎でぼんやりと窓の外を眺めていると、
ふいに下から「ワン!」という甲高い声が響いた。
ビクッと肩を震わせ、苦笑いが漏れる。
どうせまた、妻の花奈が、「のえ」にとって何か余計なお世話をしたのだろう
嫌なことをされた時のあの子の抗議は、いつだって容赦がない。
一階に降りると、花奈が買い物帰りに買ってきた花が飾られていた
昨年11月に旅立ったワイヤーフォックステリアの「モウナ」の、月命日の花だ。
もうそんなに経つのかと、カレンダーを見つめる。
居間の片隅では、16歳になるレークランドテリアの「のえ」が、
先ほどの抗議のエネルギーを使い果たしたのか、丸くなってすやすやと眠っていた
最近は朝からずっとこうして寝てばかりいる。
涼しい日は少しばかり元気を取り戻すのだが、
雨続きの蒸し暑さにはすっかり参ってしまうらしい。
暑くなると食欲も細くなり、心配性な私の胸をざわつかせる
だからこそ、花奈の世話焼きに対して上げるあの大きな抗議の声は、
私にとって密かな安堵でもある
嫌なものは嫌だと主張できるその生命力。しかし、同時に思うのだ。
この突然の吠え声に驚かされる日常も、きっといつまでも続くわけではないのだと。
老いていくということは、少しずつ静かになっていくことなのだろう。
「モウナ」が教えてくれたその静寂を、のえもまた少しずつ歩んでいる。
だから今は、この不器用でわがままな寝顔を、
そっとファインダー越しに見守っていたい。